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ガンとマクロファージ
がんの増殖においては、がん細胞を取り巻く腫瘍微小環境が影響を及ぼしています。線維芽細胞や血管内皮細胞と共にがんの微小環境を形成している腫瘍随伴マクロファージ(tumor-associated macrophage:TAM)は、以前はがん細胞を直接攻撃したり、抗腫瘍免疫の一員としてがん細胞の増殖を抑制する事で抗腫瘍作用を示すと考えられてきましたが、乳がん、子宮内膜がん、食道がん、肝細胞がん、悪性リンパ腫などの多くのヒトの腫瘍においてがん細胞の増殖を促進する作用があることがわかってきました。※1
マクロファージ系の細胞を活性させるβ-グルカンが免疫力を活性化させる際のメカニズムとして、生体内で免疫機能の中心的役割を担っているマクロファージが重要な役割を果たしています。マクロファージの細胞表面にはβ-グルカンに反応するレセプター(受容体)があり、このレセプターが刺激されると、遺伝子の発現を調節する転写因子のひとつであるNF-κB(エヌエフ・カッパ・ビー)という細胞内のたんぱく質が働いて、炎症や免疫に関与するさまざまな酵素やサイトカインの合成を高めます。
そして、転写因子NF-κBの活性化によって、誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)とシクロオキシゲナーゼ2(COX-2)の発現が誘導されます。iNOSが合成する一酸化窒素(NO)には、抗菌・抗腫瘍作用がありますが、NOはフリーラジカル(活性酵素)であるため大量に放出されると正常細胞を傷つけて発がん過程を促進することが知られています。
COX-2はプロスタグランジンを合成します。プロスタグランジンには沢山の種類がありますが、炎症反応において活性化されたマクロファージはプロスタグランジンE2 (PG-E2)を大量に産生します。このプロスタグランジンE2 (PG-E2)はリンパ球の働きを弱めたり、がん細胞の増殖を促進する作用があります。また、活性したマクロファージは、腫瘍壊死因子(TNF-α)などを合成します。TNF-αはがん細胞を殺す作用がある反面、大量に産生されると悪液質の原因となったり、腫瘍血管の新生を刺激する結果になります。
●TAMはM2型マクロファージの性格を有し多才な機能を発揮して、がん細胞をサポートしている。※1
グリオーマ、肝内胆管がん、腎細胞がんなどのヒトのがん組織について、マクロファージに特異的に発現されるヘモグロビンスカベンジャー受容体(CD163)やクラスAスカベンジャー受容体(CD204)に対する抗体で免疫染色を行うと、マクロファージの浸潤密度が高い症例ほど悪性度が高く、患者さんの予後が悪いことがわかりました。マクロファージは、活性化の様式から大別して、M1型とM2型に分けられますが、CD163やCD204はM2型マクロファージで発現が増強する分子で、多くのTAMはM2型への活性化を受けていると考えられます。さらに、M1マクロファージに比べて、M2型マクロファージはIL-10,TGF-β, プロスタグランジン E2などの炎症性因子の産生や制御性T細胞の浸潤を促すことで抗腫瘍免疫を抑制したり、種々の血管新生因子の産生によって新生血管を誘導することで、がん細胞の増殖に都合の良い微小環境を提供していることがわかりました。
●マクロファージとがん細胞の親密な関係※1
がん組織では、TAMとがん細胞は近接したり隣りあわせに密着しており、両者には密接な 細胞間相互作用が存在すると思われます。この相互作用には膜型M-CSFとM-CSF受容体が重要な役割を果たします。マクロファージとがん細胞を一緒に培養すると、がん細胞によって 分泌される IL-6, M-CSF, プロスタグランジン E2 などによってマクロファージが活性化をうけ、 M2型へと分化することがわかりました。つまりがん細胞が自分自身に都合の良いようにマクロファージを教育しているのです。一方、M2型に分化したマクロファージからは、VEGF, IL-8, bFGF, HGF, EGF, PDGFなどの血管新生因子や細胞増殖因子が産生され、がん細胞の増殖に好都合な環境が形成されます。事実、M1型とM2型マクロファージのそれぞれとがん細胞を共培養するとM2型の方がより強い腫瘍細胞増殖効果を示しました。さらに TAMとがん細胞の相互作用に重要な役割を果たす転写因子としてsignal transducer and activator of transcription 3 (Stat3) に注目して検討を加えると、マクロファージと腫 瘍細胞を共培養することによって、両方の細胞のStat3の活性化が観察されました。Stat3 の活性化によって、 マクロファージにおいては M2型への分化が促進され、がん細胞においては増殖が促進されるものと考えられました。
今までは、マクロファージを活性させ、免疫力を高めることはがん治療において良い効果をもたらすと言われていましたが、その反面、体の中に大きながんがある時にがん細胞の増殖を抑える配慮を行わずに、ただ単に免疫力の増強だけ行うと、酸化ストレスを高めたり、悪液質を増悪させ、がん細胞の増殖を促進する可能性が十分にあるという事がわかってきました。
また、マクロファージ(M2)はIL-10、TGF-β、PG-E2などの炎症因子の産生や、制御性T細胞の浸潤を促すことで抗腫瘍免疫を抑制したり、種々の血管新生因子の産生によって新生血管を誘導することで、がん細胞の増殖に都合の良い微小環境を提供している事がわかりました。
※1 第103回 日本病理学会総会 宿題報告(平成26年度日本病理学賞)
「マクロファージの活性化と病態」より引用